はハア、今の村長様の嬶様《かかあさま》でせえ、箪笥が唯《たつた》三竿《みさを》――、否《うんにや》全体《みんな》で三竿でその中の一竿はハア、古い長持だつけがなツす。』
二日目の晩は嬶共は一人も見えず、前夜話半ばに居眠をして行つた小供連と、鍛冶屋の重兵衛、三太が二三人朋輩を伴れて来た。その若者が何彼《なにか》と冷評《ひやか》しかけるのを、眇目《めつかち》の重兵衛が大きい眼玉を剥《む》いて叱り付けた。そして、自分一人夜更まで残つた。
三日目は、午頃来《ひるごろから》の雨、蚊が皆家の中に籠つた点燈頃《ひともしごろ》に、重兵衛一人、麦煎餅を五銭代許り買つて遣つて来た。大体の話は為《し》て了つたので、此夜は主に重兵衛の方から、種々の問を発した。それが、人間は死ねば奈何《どう》なるとか、天理教を信ずるとお寺詣りが出来ないとか、天理王の命《みこと》も魚籃観音の様に、仮に人間の形に現れて蒼生《ひと》を済度する事があるかとか、概して教理に関する問題を、鹿爪らしい顔をして訊くのであつたが、松太郎の煮切らぬ答弁にも多少得る所があつたかして、
『然うするとな、先生、(と、此時から松太郎を恁《か》う呼ぶ事に
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