て見た。
三国屋《さんごくや》の亭主といふのは、長らく役場の使丁《こづかひ》をした男で、身長《せたけ》が五尺に一寸も足らぬ不具者《かたはもの》、齢は四十を越してゐるが、髯一本あるでなし、額の小皺を見なければ、まだホンの小若者としか見えない。小鼻が両方から吸込まれて、物云ふ声が際立つて鼻にかかる。それが、『然うだなツす……』と、小苦面《こくめい》に首を傾げて聞いてゐたが、松太郎の話が終ると、『何しろハア。今年ア作が良くねえだハンテな。奈何だべなア! 神様さア喜捨《あげ》る銭金《ぜにかね》が有つたら石油《あぶら》でも買ふべえドラ。』
『それがな。』と、松太郎は臆病な眼付をして、
『何もその銭金の費《かか》る事《こつ》で無えのだ。私《わし》は其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》者《もの》で無え。自分で宿料を払つてゐて、一週間なり十日なり、無料《ただ》で近所の人達に聞かして上げるのだツさ、今のその、有難いお話な。』
気乗りのしなかつた亭主も、一週間分の前金を出されて初めて納得して、それからは多少言葉使ひも改めた。兎も角も今夜から近所の人
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