親切だつたもんだから、松太郎は理由《わけ》もなく此村が気に入つて、一つ此地《ここ》で伝道して見ようかと思つてゐたのだ。「さて、奈何為《どうし》ようかな。」恁《か》う何回も何回も自分に問うて見て、仲々決心が付かない。「奈何《どう》為よう。奈何為よう。」と、終ひには少し懊《ぢれ》つたくなつて来て、愈々以て決心が付かなくなつた。と言つて、発たうといふ気は微塵もないのだ。「兎も角も。」この男の考へ事は何時でも此処に落つる。「兎も角も、村の状態を見て来る事に為よう。」と決めて、朝飯が済むと、宿の下駄を借りて戸外に出た。
前日|通行《とほ》つた時は百二三十戸も有らうと思つたのが数へて見ると六十九戸しか無かつた。それが又|穢《きたな》い家許りだ。松太郎は心に喜んだ、何がなしに気強くなつて来た。渠《かれ》には自信といふものが無い。自信は無くとも伝道は為なければならぬ。それには、可成《なるべく》狭い土地で、そして可成教育のある人の居ない方が可いのだ。宿に帰つて、早速亭主を呼んで訊いて見ると、案の如く天理教はまだ入込んでゐないと言ふ。そこで松太郎は、出来るだけ勿体《もつたい》を付けて自分の計画を打ち明け
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