「第一歩」に白丸傍点]であるという事を忘れている事が、往々にして有るものである。言い古した言い方に従えば、建設の為の破壊であるという事を忘れて、破壊の為に破壊している事があるものである。戦争をしている国民が、より多く自国の国力に適合する平和の為という目的を没却して、戦争その物に熱中する態度も、その一つである。そういう心持は、自分自身のその現在に全く没頭しているのであるから、世の中にこれ位|性急《せっかち》な(同時に、石鹸玉《しゃぼんだま》のように張りつめた[#「張りつめた」に丸傍点]、そして、いきり立った老人の姿勢のように隙だらけな[#「隙だらけな」に丸傍点])心持はない。……そういう心持が、善いとも、又、悪いとも言うのではない。が、そういう心持になった際に、当然気が付かなければならないところの、今日の仕事は明日の仕事の土台であるという事――従来の定説《じょうせつ》なり習慣なりに対する反抗は取りも直さず新らしい定説、新らしい習慣を作るが為であるという事に気が付くことが、一日遅ければ一日だけの損だというのである。そしてその損は一人の人間に取っても、一つの時代に取っても、又それが一つの国民
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング