たる胸も物となく安らぎ候まゝ、思ひ寄りたる二つ三つ、※[#「虫+慈」、39−上−12]々《じじ》たる燈火の影に覚束《おぼつか》なき筆の歩みに認め上げ候。
 近事戦局の事、一言にして之を云へば、吾等国民の大慶この上の事や候ふべき。臥薪《ぐわしん》十年の後、甚《はなは》だ高価なる同胞の資財と生血とを投じて贏《か》ち得たる光栄の戦信に接しては、誰か満腔の誠意を以て歓呼の声を揚げざらむ。吾人如何に寂寥の児たりと雖《いへ》ども、亦《また》野翁|酒樽《しゆそん》の歌に和して、愛国の赤子たるに躊躇する者に無御座候《ござなくさうらふ》。
 戦勝の光栄は今や燎然《れうぜん》たる事実として同胞の眼前に巨虹の如く横はれり。此際に於て、因循姑息《いんじゆんこそく》の術中に民衆を愚弄したる過去の罪過を以て当局に責むるが如きは、吾人の遂に忍びざる所、たゞ如何にして勝ちたる後の甲《かぶと》の緒を締めむとするかの覚悟に至りては、心ある者|宜《よろ》しく挺身《ていしん》肉迫して叱咤《しつた》督励《とくれい》する所なかるべからず候。近者《ちかくは》北米オークランド湖畔の一友遙かに書を寄せて曰く、飛電|頻々《ひんぴん》とし
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