。――二三日前に、田舍で銀行業をやつてゐる伯父が出て來て、お前は今何をしてゐると言ふ。困つて了つて、何も爲《し》ないでゐると言ふと、學校を出てから今迄何も爲ないでゐた筈がない、何んな事でも可いから隱さずに言つて見ろと言つた。爲方が無いから、自分の書いた物の載つてゐる雜誌を出して見せると、『お前はこんな事もやるのか。然しこれはこれだが、何か別に本當の仕事があるだらう。』と言つた。――
『あんな種類の人間に逢つちや耐らないねえ。僕は實際弱つちやつた。何とも返事の爲やうが無いんだもの。』と言つて、其友人は聲高く笑つた。
私も笑つた。所謂俗人と文學者との間の間隔といふ事が其の時二人の心にあつた。
同じ樣な經驗を、嘗て、私も幾度となく積んだ。然し私は、自分自身の事に就いては笑ふ事が出來なかつた。それを人に言ふ事も好まなかつた。自分の爲事《しごと》を人の前に言へぬといふ事は、私には憤懣と、それよりも多くの羞恥の念とを與へた。
三年經ち、五年經つた。
何時しか私は、十七八の頃にはそれと聞くだけでも懷かしかつた、詩人文學者にならうとしてゐる、自分よりも年の若い人達に對して、すつかり同情を失つて
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