女郎買の歌
石川啄木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)頽唐派《デカダンは》

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/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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『惡少年を誇稱す
糜爛せる文明の子』
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 諸君試みに次に抄録する一節を讀んで見たまへ。

     ○

 しばらくは若い人達の笑聲が室の中にみちて、室の中は蒸すやうになつた。その中に頼んだ壽司とサイダーが運ばれたので、みんな舊の席へかへつた。舊の席に就いて、それから壽司とサイダーを飮み乍らまた談話が開始された。それからそれへといろ/\おもしろい話の花が咲く。瓦斯が明るく室中をてらして、かうして若い人達の並んでゐるところを見ると、そゞろに腕の鳴るのを覺える。何か新らしい事業をしたい、新らしい運動、新らしい努力を詩歌壇にやつて見たい…………さういふ念が頻りに起つて來る。
『これだけ居れば何でも出來るね』
 集つてゐるところをぢつと眺めてゐた△△氏が、感に堪へたやうな聲でかう云ひ出した。期せずして同じ樣な笑聲が皆の口から出た。
『惡少年のかたまりか………』
 さう誰かゞ云つた。
『惡少年』
 さう誰かゞ應じてまた面白そうに笑ひ出した。

     ○

 これは『創作』といふ短歌專門の雜誌で去月十六日誌友小集を開いた時の記事の一節で同誌八月號に載つてゐるものである。此處に所謂『惡少年』の何を意味するかは嘗て本紙に出た『滿都の惡少年』といふ記事を讀んだ人には直解るに違ひない。人の話に聞くと佛蘭西十九世紀末の頽唐派《デカダンは》の詩人共は批評家から彼等はデカダンだと言はれた時、そいつは面白いといふので早速取つて以て自分等の一派の詩風の代名詞にしたとやら、若しそれ等の肉慾の亡者、酒精中毒者の一團が最も尊敬すべき近代的詩人の標本であるならば、この惡少年だと言はれて喜んでゐる日本の若い歌よみ達も大層偉い人達なのかも知れない。
 所が同じ雜誌を讀んでゐて記者は驚いて了つた、六十八、九頁に『黄と赤と青の影畫』と題して三十四首の短歌が載つてゐる、作者は近藤元[#「近藤元」に丸傍点]
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潮なりの滿ち
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