し遊廓《くるわ》にかろ/″\と われ投げ入れしゴム輪の車
潮なりにいたくおびゆる神經を しづめかねつゝ女をば待つ
新内の遠く流れてゆきしあと 涙ながして女をおこす
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といふやうな歌がある、潮鳴りの滿ちし遊廓といふと先づ洲崎あたりだらう、洲崎! 洲崎! 實にこの歌は洲崎遊廓へ女郎買ひに行つた歌だつたのだ。
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寢入りたる女の身をば今一度 思へば夏の夜は白みけり
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といふのがある
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やはらかきこの心持明け方を 女にそむき一しきり寢る
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といふのがある、若し夫れ
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空黄色にぽうつと燃《も》ゆる翌朝の たゆき瞼をとぢてたゝずむ
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に至つては何うだ。聞く所によると作者近藤元といふ歌人はまだ下宿住ひをしてゐる廿一二の少年なそうだ、さうして同じ雜誌には又この人の第二歌集『凡ての呼吸』の豫告が出てゐる、其廣告文の中に次のやうな一節がある。
狂ほへる酒に夢みる情緒と、あたゝかき抱擁に微睡む官能とは、時來るや突如として眼覺め、振盪して微妙なる音樂を節奏し、閃めき來つて恍惚たる繪畫を點綴す。
著者は糜爛せる文明が生める不幸兒なり。本書は現實に浮かび出でんとして藻掻きながらも底深くいや沈みゆく著者の苦しき呼吸なり、凡ての呼吸なり。
最も新しき短歌を知らんと欲する人々にこの集を薦む。
糜爛せる文明の不幸兒! 最も新らしき短歌! プウ!
『現代人の疲勞』といふべきべらんめえ君[#「べらんめえ君」に傍点]の一文を讀んだ人は此處に最もよい例を見出したであらう、記者はたゞ記者の驚きを讀者に傳へるまでゞある、次の時代といふものに就いての科學的、組織的考察の自由を奪はれてゐる日本の社會に於ては斯ういふ自滅的、頽唐的なる不健全なる傾向が日一日若い人達の心を侵蝕しつゝあるといふ事を指摘したまでゞある。
[#地から1字上げ](明治43[#「43」は縦中横]・8・6「東京朝日新聞」)
底本:「啄木全集 第十卷」岩波書店
1961(昭和36)年8月10日新装第1刷発行
初出:「東京朝日新聞」
1910(明治43)年8月6日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年8月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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