だね。あれでも根は好人物《おひとよし》で、訛《だま》せるところがある。』
『但し君は人を訛すことの出來ない人だ。』
『然うか…………も知れないな。』と言つて、グタリと頤を襟に埋めた。そして、手で頸筋を撫でながら、
『近頃此處が痛くて困る。少し長い物を書いたり、今の樣な奴と話をしたりすると、屹度痛くなつて來る。』
『神經痛ぢやないか知ら。』
『然うだらうと思ふ。神經衰弱に罹つてから既う三年許りになるから喃《なあ》。』
『醫者には?』
『かゝらない、外の病氣と違つて藥なんかマア利かないからね。』
『でも君、構はずに置くよりア可かないか知ら。』
『第一、醫者にかゝるなんて、僕にア其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]暇は無い。』
 然う言つて首を擡《もた》げたが、
『暇が無いんぢやない、實は金が無いんだ。ハハヽヽ。あるものは借金と不平ばかり。然うだ、頸の痛いのも近頃は借金で首が廻らなくなつたからかも知れない。』
 後藤君は取つてつけた樣に寂しい高笑ひをした。そして冷え切つた茶碗を口元まで持つて行つたが、不圖氣が付いた樣に、それを机の上に置いて、
『ヤア失敬
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