マ、一寸待つてくれ。』
『金なら持つてないぜ。』
『畜生奴! ハハヽヽ、先《せん》を越しやがつた。何有、好し、好し、まだ二三軒心當りがある。』
『それは結構だ。』
『冷評《ひやか》すない。これでも△△さんでなくては夜も日も明けないツて人が待つてるんだからね。然うだ、金崎の處へ行つて三兩許り踏手繰《ふんだくつ》てやるか。――奈何《どう》だい、出懸けるなら一緒に出懸けないか?』
『何有《なあに》、惡い處へは行かないから、安心して先に出て呉れ給へ。』
『莫迦に僕を邪魔にする! が、マア免《ゆる》して置け。その代り儲かつたら、割前を寄越さんと承知せんぞ。左樣なら。』
そして室を出しなに後を向いて、
『君等ア薄野《すゝきの》(遊廓)に行くんぢやないのか?』と狐疑《うたぐり》深い目付をした。
その男を送出して室に歸ると、後藤君は落膽《がつかり》した樣な顏をして眉間に深い皺を寄せてゐた。
『遂々《とう/\》追出してやつた、ハハヽヽ。』と笑ひ乍ら座つたが、張合の拔けた樣な笑聲であつた。そして、
『あれで君、彼奴はS――社中では敏腕家なんだ。』
『可厭《いや》な奴だねえ。』
『君は案外人嫌ひをする樣
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