けるを、またその議論の激しきを。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD !'と叫び出づるものなし。

ああ、蝋燭《らふそく》はすでに三度も取りかへられ、
飲料《のみもの》の茶碗《ちやわん》には小さき羽虫の死骸《しがい》浮び、
若き婦人の熱心に変りはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の疲れあり。
されど、なほ、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD ! 'と叫び出づるものなし。


  ココアのひと匙《さじ》

われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪《うば》はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲《な》げつくる心を――
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有《も》つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷《さ》めたるココアのひと匙《さじ》を啜《すす》りて、
そのうすにがき舌触《したざは》りに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。


  書斎の午後

われはこの国の女を好まず。

読みさしの舶来の本の
手ざはりあらき紙
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