『新らしき都』はいづこに建つべきか?
滅びたる歴史の上にか? 思考と愛の上にか? 否、否。
土の上に。然り、土の上に、何の――夫婦と云ふ
定まりも区別もなき空気の中に
果て知れぬ蒼《あを》き、蒼き空の下《もと》に!
夏の街の恐怖
焼けつくやうな夏の日の下に
おびえてぎらつく軌条《レール》の心。
母親の居睡《ねむ》りの膝《ひざ》から辷《す》り下りて、
肥《ふと》った三歳《みつつ》ばかりの男の児が
ちょこちょこと電車線路へ歩いて行く。
八百屋の店には萎《な》えた野菜。
病院の窓の窓掛《まどかけ》は垂《た》れて動かず。
閉《とざ》された幼稚園の鉄の門の下には
耳の長い白犬が寝そべり、
すベて、限りもない明るさの中に
どこともなく、芥子《けし》の花が死落《しにお》ち、
生木《なまき》の棺《ひつぎ》に裂罅《ひび》の入る夏の空気のなやましさ。
病身の氷屋の女房が岡持を持ち、
骨折れた蝙蝠傘《かうもりがさ》をさしかけて門を出れば、
横町の下宿から出て進み来る、
夏の恐怖に物言はぬ脚気《かつけ》患者の葬《はうむ》りの列。
それを見て辻の巡査は出かかった欠呻《あくび》噛《か》みしめ、
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