いとそりかへる
商人《あきびと》も、物乞ふ児《こ》等も、
口笛の若き給仕も、
家持たぬ憂《う》き人人も。
せはしげに過ぐるものかな。
広き辻、人は多けど、
相知れる人や無からむ。
並行けど、はた、相逢《あ》へど、
人は皆、そしらぬ身振、
おのがじし、おのが道をぞ
急ぐなれ、おのもおのもに。
心なき林の木木も
相凭《よ》りて枝こそ交《かは》せ、
年毎に落ちて死ぬなる
木の葉さへ、朝風吹けば、
朝さやぎ、夕風吹けば、
夕語りするなるものを、
人の世は疎《まば》らの林、
人の世は人なき砂漠。
ああ、我も、わが行くみちの
今日ひと日、語る伴侶《とも》なく、
この辻を、今、かく行くと、
思ひつつ、歩み移せば、
けたたまし戸の音ひびき、
右手なる新聞社より
駆け出でし男幾人《いくたり》、
腰の鈴高く鳴らして
駆け去りぬ、四の角より
四の路おのも、おのもに。
今五月、霽《は》れたるひと日、
日の光曇らず、海に
牙《きば》鳴らす浪もなけれど、
急がしき人の国には
何事か起りにけらし。
無題
札幌《さつぽろ》は一昨日《オトツヒ》以来
ひき続きいと天気よし。
夜に入りて冷たき風の
そよ吹けば
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