いとそりかへる
商人《あきびと》も、物乞ふ児《こ》等も、
口笛の若き給仕も、
家持たぬ憂《う》き人人も。
せはしげに過ぐるものかな。
広き辻、人は多けど、
相知れる人や無からむ。
並行けど、はた、相逢《あ》へど、
人は皆、そしらぬ身振、
おのがじし、おのが道をぞ
急ぐなれ、おのもおのもに。
心なき林の木木も
相凭《よ》りて枝こそ交《かは》せ、
年毎に落ちて死ぬなる
木の葉さへ、朝風吹けば、
朝さやぎ、夕風吹けば、
夕語りするなるものを、
人の世は疎《まば》らの林、
人の世は人なき砂漠。
ああ、我も、わが行くみちの
今日ひと日、語る伴侶《とも》なく、
この辻を、今、かく行くと、
思ひつつ、歩み移せば、
けたたまし戸の音ひびき、
右手なる新聞社より
駆け出でし男幾人《いくたり》、
腰の鈴高く鳴らして
駆け去りぬ、四の角より
四の路おのも、おのもに。
今五月、霽《は》れたるひと日、
日の光曇らず、海に
牙《きば》鳴らす浪もなけれど、
急がしき人の国には
何事か起りにけらし。
無題
札幌《さつぽろ》は一昨日《オトツヒ》以来
ひき続きいと天気よし。
夜に入りて冷たき風の
そよ吹けば少し曇《くも》れど、
秋の昼、日はほかほかと
丈《タケ》ひくき障子《しやうじ》を照し、
寝ころびて物を思へば、
我が頭ボーッとする程
心地よし、流離《りうり》の人も。
おもしろき君の手紙は
昨日見ぬ。うれしかりしな。
うれしさにほくそ笑みして
読み了《を》へし、我が睫毛《マツゲ》には、
何しかも露の宿りき。
生肌《ナマハダ》の木の香くゆれる
函館よ、いともなつかし。
木をけづる木片大工《コツパダイク》も
おもしろき恋やするらめ。
新らしく立つ家々に
将来の恋人共が
母《カア》ちゃんに甘へてや居む。
はたや又、我がなつかしき
白村に翡翠《ひすゐ》白鯨
我が事を語りてあらむ。
なつかしき我が武《ター》ちゃんよ、――
今様《イマヤウ》のハイカラの名は
敬慕するかはせみの君、
外国《とつくに》のラリルレ語《ことば》
酔漢《ヱヒドレ》の語でいへば
m...m...my dear brethren!――
君が文読み、くり返し、
我が心青柳町の
裏長屋、十八番地
ムの八にかへりにけりな。
世の中はあるがままにて
怎《どう》かなる。心配はなし。
我たとへ、柳に南瓜《かぼちや》
なった如、ぶらりぶら
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