りと
貧乏の重い袋を
痩腰に下げて歩けど、
本職の詩人、はた又
兼職の校正係、
どうかなる世の中なれば
必ずや怎かなるべし。
見よや今、「小樽日々《にちにち》」
「タイムス」は南瓜の如き
蔓《つる》の手を我にのばしぬ。
来むとする神無月《かみなづき》には、
ぶらぶらの南瓜の性《さが》の
校正子、記者に経上《ヘアガ》り
どちらかへころび行くべし。
一昨日《オトツヒ》はよき日なりけり。
小樽より我が妻せつ子
朝に来て、夕べ帰りぬ。
札幌に貸家なけれど、
親切な宿の主婦《カミ》さん、
同室の一少年と
猫の糞《ふん》他室へ移し
この室を我らのために
貸すべしと申出でたり。
それよしと裁可したれば、
明後日妻は京子と
鍋《なべ》、蒲団《ふとん》、鉄瓶《てつびん》、茶盆《ちやぼん》、
携《たづさ》へて再び来り、
六畳のこの一室に
新家庭作り上ぐべし。
願くは心休めよ。
その節に、我来《き》し後《のち》の
君達の好意、残らず
せつ子より聞き候ひぬ。
焼跡の丸井の坂を
荷車にぶらさがりつつ、
(ここに又南瓜こそあれ、)
停車場に急ぎゆきけん
君達の姿思ひて
ふき出しぬ。又其心
打忍び、涙流しぬ。
日高なるアイヌの君の
行先ぞ気にこそかかれ。
ひょろひょろの夷希薇《いきび》の君に
事問へど更にわからず。
四日前に出しやりたる
我が手紙、未だもどらず
返事来ず。今の所は
一向に五里霧中《ごりむちゆう》なり。
アノ人の事にしあれば、
瓢然《へうぜん》と鳥の如くに
何処へか翔《かけ》りゆきけめ。
大《タイ》したる事のなからむ。
とはいへど、どうも何だか
気にかかり、たより待たるる。
北の方旭川なる
丈高き見習士官
遠からず演習のため
札幌に来るといふなる
たより来ぬ。豚鍋つつき
語らむと、これも待たるる。
待たるるはこれのみならず、
願くは兄弟達よ
手紙呉《く》れ。ハガキでもよし。
函館のたよりなき日は
何となく唯我一人
荒れし野に追放されし
思ひして、心クサクサ、
訳《わけ》もなく我がかたはらの、
猫の糞癪《しやく》にぞさわれ。
猫の糞可哀相《かはいさう》なり、
鼻下の髯、二分《ブ》程のびて
物いへば、いつも滅茶苦茶、
今も猶《なほ》無官の大夫、
実際は可哀相だよ。
札幌は静けき都、
秋の日のいと温かに
虻《あぶ》の声おとづれ来なる
南窓《ミナミマド》、うつらうつらの
我
前へ
次へ
全16ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング