には、口先許りでも礼を言つて喜ばせて置いたら可からう、などと早老《ませ》た事を考へてゐた。それと共に、母の小言などは屁《へ》とも思はぬ態度《そぶり》やら、赤黒い顔、強さうな肥つた体、巡査、鉄砲、雁の血、などが一緒になつて、何といふ事もなく叔父を畏《おそ》れる様な心地になつた。然しそれは、酒を喰《くら》ひ、博奕をうち、喧嘩をするから畏れるといふのではなく、其時の私には、世の中で源作叔父程|豪《えら》い人がない様に思はれたのだ。土地《ところ》でこそ左程でもないが、隣村へでも行つたら、屹度|衆人《みんな》が叔父の前へ来て頭を下げるだらう。巡査だつて然《さ》うに違ひない。時々持つて来る鶏や鴨は、其巡査が帰りの土産に呉れてよこしたのかも知れぬ。今朝だつて、鍛冶の忰といふ奴が、雁を二羽撃つて来た時、叔父が見て一羽売らないかと言ふと、「お前様《めえさま》ならタダで上げます。」と言つて、怎《ど》うしてもお銭《あし》を請取らなかつただらう、などと、取留《とりとめ》もない事を考へて、畏《おそ》る畏《おそ》る叔父を見た。叔父は、内赤に塗つた大きい提子《ひさげ》に移した酒を、更に徳利に移しながら、莞爾《にこつ
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