《みぶるひ》を感じた。
 軈《やが》て父は廻状の様なものを書いて、下男に持たしてやると、役場からは禿頭の村長と睡さうな収入役、学校の太田先生も、赧顔《あからがほ》の富樫巡査も、皆《みんな》莞爾《にこにこ》して遣つて来て、珍らしい雁の御馳走で、奥座敷の障子を開け放ち、酔興にも雪見の酒宴《さかもり》が始まつた。
 其時も叔父は、私にお銭《あし》を呉れる事を忘れなかつた。母は例《いつも》の如く不興な顔をして叔父を見てゐたが、四周《あたり》に人の居なくなつた時、
『源作や。』と小声で言つた。
『何せえ?』
『お前《めえ》、まだ善くねえ事《ごど》して来たな?』と怨めしさうに見る。
『可《え》えでば、黙つてるだあ。』
『そだつてお前、過般《こねえだ》も下田の千太|爺《おやぢ》の宅《どこ》で、巡査に踏込《ふんご》まれて四人許《よつたりばか》り捕縛《おせえ》られた風だし、俺ア真《ほん》に心配《しんぺえ》で……』
『莫迦《ばか》な。』
『何ア莫迦だつて? 家の事《ごと》も構《かま》ねえで、毎日飲んで博《ぶ》つて許りゐたら、高田の家ア奈何《どう》なるだべサ。そして万一|捕縛《おせえ》られでもしたら……』

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