《つぶ》す事もあつた。気が向くと、年長《としかさ》なのを率《つ》れて、山狩、川狩。自分で梳《す》いた小鳥網から叉手網《さであみ》投網、河鰺網《かじかあみ》でも押板でも、其道の道具は皆揃つてゐたもの。鮎の時節が来れば、日に四十から五十位まで掛ける。三十以上掛ける様になれば名人なさうである。それが、皆、商売にやるのではなくて、酒の肴を獲《え》る為なのだ。
 妙なところに鋭い才があつて、勝負事には何にでも得意な人であつた。それに、野良仕事一つ為た事が無いけれど、三日に一度の喧嘩に、鍛えに鍛えた骨節が強くて、相撲、力試し、何でも一人前やる。就中《なかんづく》、将棋と腕相撲が公然《おもてむき》の自慢で、実際、誰にも負けなかつた。博奕は近郷での大関株、土地《ところ》よりも隣村に乾分《こぶん》が多かつたさうな。
 不得手なのは攀木《きのぼり》に駈競《かけつくら》。あれだけは若者共に敵《かな》はないと言つてゐた。脚が短かい上に、肥つて、腹が出てゐる所為《せゐ》なのである。
 五間幅の往還、くわツくわと照る夏の日に、短く刈込んだ頭に帽子も冠らず、腹を前に突出して、懐手《ふところで》で暢然《ゆつたり》と歩
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