が、顔に小皺の寄つた、痩せて背の高い母には毫《すこし》も肖《に》た所がなく、背がずんぐりの、布袋《ほてい》の様な腹、膨切《はちき》れる程酒肥りがしてゐたから、どしりどしりと歩く態《さま》は、何時見ても強さうであつた。扁《ひらた》い、膩《あぶら》ぎつた、赤黒い顔には、深く刻んだ縦皺が、真黒な眉と眉の間に一本。それが、顔|全体《いつたい》を恐ろしくして見せるけれども、笑ふ時は邪気《あどけ》ない小児《こども》の様で、小さい眼を愈々小さくして、さも面白相に肩を撼《ゆす》る。至つて軽口の、捌《さば》けた、竹を割つた様な気象で、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》人の前でも胡坐《あぐら》しかかいた事のない代り、又、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]人に対しても牆壁《しやうへき》を設ける事をしない。
 少年等《こどもら》が好きで、時には、厚紙の軍帽《しやつぽ》やら、竹の軍刀《サアベル》板端《いたつぱし》の村田銃、其頃|流行《はや》つた赤い投弾《なげだま》まで買つて呉れて、一隊の義勇兵の為に一日の暇を潰
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