》で、尻の大きい、肥つた、夏時などは側《そば》へ寄ると臭気《にほひ》のする程無精で、挙動《ものごし》から言葉から、半分眠つてる様な、小児心にも歯痒《はがゆ》い位|鈍々《のろのろ》してゐた。毛の多い、真黒な髪を無造作に束ねて、垢染みた衣服《きもの》に細紐の検束《だらし》なさ。野良稼ぎもしないから手は荒れてなかつたけれど、踵は嘗て洗つた事のない程黒い。私が入つて行くと、
『謙助(私の名)さんすか?』
と言つて、懈《だる》さうに炉辺《ろばた》から立つて来て、風呂敷包みを受取つて戸棚の前に行く。海苔巻でも持つて行くと、不取敢《とりあへず》それを一つ頬張つて、風呂敷と空のお重を私に返しながら、
『お有難う御座《ごあ》んすてなツす。』
と懶げに言ふのである。愛想一つ言ふでなく、笑顔さへ見せる事がなかつた。
顴骨《ほほぼね》の高い、疲労の色を湛へた、大きい眼のどんよりとした顔に、唇だけが際立つて紅かつた。其口が例外《なみはづ》れに大きくて、欠呻《あくび》をする度に、鉄漿《おはぐろ》の剥げた歯が醜い。私はつくづくと其顔を見てゐると、何といふ事もなく無気味になつて来て、怎うした連想なのか、髑髏《されか
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