中を手探り足探りに、己《おの》が臥床《ふしど》を見つけて潜《もぐ》り込むのだつたさうな。時としては何処かに泊つて家へは帰らぬ事もあつたと記憶《おぼ》えてゐる。そして、日がな一日、塵程の屈托が無い様に、陽気に物を言ひ、元気に笑つて、誰に憚る事もなく、酒を呑んで、喧嘩をして、勝つて、手当り次第に女を弄んで、平然《けろり》としてゐた。叔父は、叔母や従同胞共《いとこども》を愛してゐたとは思はれぬ。叔母や従同胞《いとこ》共も亦、叔父を愛してはゐなかつた様である。さればといつて、家にゐる時の叔父は、矢張|平然《けろり》としたもので、別段苦い顔をしてるでもなかつた。
四
時として、叔父は三日も四日も、或は七日も八日も続いて、些《ちつ》とも姿を見せぬ事があつた。其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事が、収穫《とりいれ》後から冬へかけて殊に多かつた様である。
飄然《ふらり》と帰つて来ると、屹度私に五十銭銀貨を一枚宛呉れたものである。叔父は私を愛してゐた。
加之《のみならず》、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]時は、何処から持つてくるものやら、鶏とか、雉子とか、鴨とか、珍らしい物を持つて来て、手づから料理して父と一緒に飲む。或年の冬、ちらちらと雪の降る日であつたが、叔父は例の如く三四日見えずにゐて、大きい雁を一羽重さうに背負つて来た事がある。父も私も台所の入口に出てみると、叔父は其雁を上框《あがりがまち》の板の上に下して、
『今朝隣村の鍛冶の忰の奴ア、これ二羽撃つて来たで、重《おも》がつけども一羽背負つて来たのせえ。』
と母に言つて、額の汗を拭いてゐた。
『大ぎな雁だ喃《なあ》。』
と父は驚いて、鳥の首を握つて持上げてみた。私の背の二倍程もある。怖る/\触つて見ると、毛が雪に濡れてゐるので、気味悪く冷たかつた。横腹《よこつぱら》のあたりに、一寸四方許り血が附いてゐたので、私は吃驚《びつくり》して手を引いた。鉄砲弾《てつぽうだま》の痕だと叔父は説明して、
『此方《こつち》にもある。これ。』と反対の脇の羽の下を見せると、成程|其所《そこ》にも血があつた。
『五匁弾だもの。恁《か》う貫通《ぶつとほ》されでヤ人だつて直ぐ死んで了ふせえ。』
人だつて死ぬと聞いて、私は妙な身顫
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