屋だから、市子のお酌で飮める譯だね。』
と云つて、主筆は椅子を暖爐《ストーブ》に向ける。
『然し藝妓も月例會に出た時は、大變|大人《おとな》しくして居ますね。』
と八戸《はちのへ》君が應じた。
『その筈さ、人の惡い奴許り集るんだもの。』
と笑つて、主筆は立上つた。『藝者に記者だから、親類同志なんだがね。』
『成程、何方も洒々《しやあ/\》としてますな。』
と、私も笑ひながら立つた。皆が硯箱に蓋をしたり、袴の紐を締直したり、莨を啣へて外套を着たりしたが、三面の外交をして居る小松君が、突然。
『今度また「毎日」に一人入つたさうですね。』と言つた。
『然《さ》うかね、何といふ男だらう?』
『菊池ツて云ふさうです。何でも、釧路に居る記者の中では一番|年長者《としより》だらうツて話でしたよ。』
『菊池|兼治《かねはる》と謂ふ奴ぢやないか?』と主筆が喙《くち》を容れた。
『兼治《かねはる》? 然うです/\、何だか武士《さむらひ》の樣な名だと思ひました。』
『ぢや何だ、眞黒な顋鬚《あごひげ》を生やした男で、放浪者《ごろつき》みたいな?』
『然《さ》うですか、私はまだ逢はないんですが。』
『那※[#「
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