る所から、「要するに釧路は慾の無い人と眞面目な人の居ない所だ。」と云つた樣な心地が、不斷此フフンといふ氣を助長《たす》[#「長」は底本では「氣」]けて居た。
モ一つ、それを助長《たす》けるのは、厭でも應でも毎日顏を見では濟まぬ女中のお芳であつた。私が此下宿へ初めて移つた晩、此女が來て、亭主に別れてから自活して居たのを云々と話した事があつたが、此頃になつて、不圖《ふと》した事から、それが全然根も葉も無い事であると解つた。亭主があつたのでも無ければ、主婦《おかみ》が強《た》つて頼んだのでもなく、矢張普通の女中で、額の狹い、小さい目と小さい鼻を隱《かく》して了ふ程頬骨の突出た、土臼の樣な尻の、先づ珍しい許りの醜女《ぶをんな》の肥滿人《ふとつちよ》であつた。人々に向つて、よく亭主があつた樣な話をするのは、詰り、自分が二十五にもなつて未だ獨身で居るのを、人が、不容貌《ぶきりやう》な爲に拾手《ひろひて》が無かつたのだとでも見るかと思つてるからなので、其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》女だから、何の室へ行つても、例の取て投げる樣な調子で、四邊《あた
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