で吃驚《びつくり》して起きると、「宅に穿《は》かせる積りで仕立さしたけれど、少し短いから。」と云つて、新しい仙臺平の袴を態々持つて來て呉れた。
袴と時計に慢心を起した譯ではないが、人の心といふものは奇妙なもので、私は此頃から、少し宛現在の境遇を輕蔑する樣になつた。朝に目を覺まして、床の中で不取敢《とりあへず》新聞を讀む。ト、私が來た頃までは、一面と二面がルビ無しの、時としては艶種が二面の下から三面の冒頭《あたま》へ續いて居る樣な新聞だつたのが、今では全然《すつかり》總ルビ附で、體裁も自分だけでは何處へ出しても耻かしくないと思ふ程だし、殊に三面――田舍の讀者は三面だけ讀む。――となると、二號活字を思切つて使つた、誇張を極めた記事が、賑々しく埋めてある。フフンと云つた樣な氣持になる。若しかして、記事の排列の順序でも違つてると、「永山の奴仕樣がないな、いくら云つても大刷校正の時順序紙を見ない。」などと呟いて見るが、次に「毎日」を取つて見るといふと、モウ自分の方の事は忘れて、又候フフ[#「フフ」は底本では「フア」]ンと云つた氣になる。「毎日」は何日でも私の方より材料が二つも三つも少かつた。取
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