が入つて來た。ハッとすると、血が頭からスーッと下つて行く樣な、夢から覺めた樣な氣がして、返事もせず、眞面目な顏をして默つて居ると、お芳も存外眞面目な顏をして、十能の火を火鉢に移す。指の太い、皹《ひゞ》だらけの、赤黒い不恰好な手が、忙がしさうに、細い眞鍮の火箸を動す。半巾《ハンカチ》を欲しがつてる癖に……と考へると、私は其手巾を蒲團の中で、胸の上にシッカリ握つてる事に氣がついた。ト、急に之をお芳に呉れるのが惜しくなつて來たので、對手にそれを云ひ出す機會を與へまいと、寢返りを打たうとしたが、怎したものか、此瞬間に、お芳の目元が菊池に酷《よく》似てると思つた。不思議だナと考へて、半分※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]しかけた頭を一寸戻して、再《また》お芳の目を見たが、モウ似て居ない。似て居る筈が無いサと胸の中で云つて、思ひ切つて寢返りを打つ。
『私の顏など見たくもなかべさ。ねえ、橘さん。』
『何を云ふんだい。』
と私は何氣なく云つたが、ハハア、此女が、存外眞面目な顏をしてる哩《わい》と思つたのは、ヤレ/\、これでも一種の姿態《しな》を作つて見せる積りだつたかと氣が附くと、私は
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