の儘に薄《うつす》りと點《とも》つて居たが、茶を注いで飮まずに置いた茶碗が二つに割れて、中高に盛り上つた黄色の氷が傍に轉げ出して居た。火鉢に火が入つて、少しは室の暖まるまでと、身體を縮《ちゞ》めて床の中で待つて居たが、寒國の人は總じて朝寢をする、漸々《やう/\》女中の入つて來たのは、ものの一時間半も經《た》つてからで、起きて顏を洗ひに行かうと、何氣なしに取上げた銀|鍍金《めつき》の石鹸函は指に氷着《くつつ》く、廊下の舖板《しきいた》が足を移す毎にキシ/\と鳴く、熱過ぎる程の湯は、顏を洗つて了ふまでに夏の川水位に冷えた。
 雪は五寸許りしか無かつたが、晴天續きの、塵一片浮ばぬ透明の空から、色なき風がヒユウと吹いて、吸ふ息毎に鼻の穴が塞る。冷たい日光《ひざし》が雪に照返つて、家々の窓硝子を、寒さに慄《おび》えた樣にギラつかせて居た。大地は底深く凍つて了つて、歩くと鋼鐵の板を踏む樣な、下駄の音が、頭まで響く。街路は鏡の如く滑《なめら》かで、少し油斷をすると右に左に辷る、大事をとつて、足に力を入れると一層辷る。男も、女も、路行く人は皆、身分不相應に見える程、厚い立派な防寒外套を着けて、輕々と刻
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