あるからで、新聞|獨自《ひとりで》の力では無いが、社の經濟も案外巧く整理されて居て、大川社長の人望と共に、「釧路日報」の信用も亦、町民の間に餘程深く植ゑつけられて居た。編輯局には、主筆から校正まで唯《たつた》五人。
 モ一つは「釧路毎日新聞」と云つて、出來てから漸々《やう/\》半年位にしかならず、社も裏長屋みたいな所で、給料の支拂が何時でも翌月になるとか云ふ噂、職工共の紛擾《ごた/\》が珍しくなく、普通《あたりまへ》の四頁の新聞だけれど、廣告が少くて第四面に空所《あき》が多く、活字が足らなくて假名許り澤山使ふから、見るから醜い新聞であつた。それでも記者は矢張五人居た。
 月例會と云ふのは、此兩新聞の記者に、札幌、小樽、旭川などの新聞の支社に來て居る人達を合せて、都合十三四人の人が、毎月一度宛集るといふので、此月のは、私が來てから初めての會ではあり、入社の挨拶を新聞に載せただけで、何處へも改めては顏を出さずに居たから、知らぬ顏の中へ行くんだと云つた氣が、私の頭腦を多少|他所《よそ》行の心持にした。午後四時からと云ふ月番幹事の通知だつたので、三時半には私が最後の原稿を下した。
『今日は鹿島屋だから、市子のお酌で飮める譯だね。』
と云つて、主筆は椅子を暖爐《ストーブ》に向ける。
『然し藝妓も月例會に出た時は、大變|大人《おとな》しくして居ますね。』
と八戸《はちのへ》君が應じた。
『その筈さ、人の惡い奴許り集るんだもの。』
と笑つて、主筆は立上つた。『藝者に記者だから、親類同志なんだがね。』
『成程、何方も洒々《しやあ/\》としてますな。』
と、私も笑ひながら立つた。皆が硯箱に蓋をしたり、袴の紐を締直したり、莨を啣へて外套を着たりしたが、三面の外交をして居る小松君が、突然。
『今度また「毎日」に一人入つたさうですね。』と言つた。
『然《さ》うかね、何といふ男だらう?』
『菊池ツて云ふさうです。何でも、釧路に居る記者の中では一番|年長者《としより》だらうツて話でしたよ。』
『菊池|兼治《かねはる》と謂ふ奴ぢやないか?』と主筆が喙《くち》を容れた。
『兼治《かねはる》? 然うです/\、何だか武士《さむらひ》の樣な名だと思ひました。』
『ぢや何だ、眞黒な顋鬚《あごひげ》を生やした男で、放浪者《ごろつき》みたいな?』
『然《さ》うですか、私はまだ逢はないんですが。』
『那※[#「
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