しい私の羨《うら》やみかつ敬服《けいふく》するところではあるが、諸君はその研究から利益とともにある禍《わざわ》いを受けているようなことはないか。かりにもし、ドイツ人は飲料水の代りに麦酒《ビール》を飲むそうだから我々もそうしようというようなこと……とまではむろんいくまいが、些少《さしょう》でもそれに類したことがあっては諸君の不名誉ではあるまいか。もっと卒直にいえば、諸君は諸君の詩に関する知識の日に日に進むとともに、その知識の上にある偶像を拵《こしら》え上げて、現在の日本を了解することを閑却《かんきゃく》しつつあるようなことはないか。両足を地面《じべた》に着けることを忘れてはいないか。
また諸君は、詩を詩として新らしいものにしようということに熱心なるあまり、自己および自己の生活を改善するという一大事を閑却してはいないか。換言すれば、諸君のかつて排斥《はいせき》したところの詩人の堕落《だらく》をふたたび繰返さんとしつつあるようなことはないか。
諸君は諸君の机上を飾っている美しい詩集の幾冊を焼き捨てて、諸君の企《くわだ》てた新運動の初期の心持に立還《たちかえ》ってみる必要はないか。
前へ
次へ
全20ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング