一厘の活氣もない證據だ。そして其髯が鰻のそれの如く兩端遙かに※[#「丿+臣+頁」、第4水準2−92−28]《あご》の方面に垂下して居る、恐らく向上といふ事を忘却した精神の象徴はこれであらう。亡國の髯だ、朝鮮人と昔の漢學の先生と今の學校教師にのみあるべき髯だ、黒子《ほくろ》が總計三箇ある、就中大きいのが左の目の下に不吉の星の如く、如何にも目障《めざは》りだ。これは俗に泣黒子《なきぼくろ》と云つて、幸にも自分の一族、乃至は平生畏敬して居る人々の顏立《かほだち》には、ついぞ見當らぬ道具である。宜《むべ》なる哉、この男、どうせ將來好い目に逢ふ氣づかひが無いのだもの。……數へ來れば幾等もあるが、結句、田島校長=0[#「田島校長=0」は横書き]という結論に歸着した。詰り、一毫の微《び》と雖ども自分の氣に合ふ點がなかつたのである。
 この不法なるクーデターの顛末《てんまつ》が、自分の口から、生徒控處の一隅で、殘りなく我がジャコビン黨全員の耳に達せられた時、一團の暗雲あつて忽ちに五十幾個の若々しき天眞の顏を覆うた。樂園の光明門を閉ざす鉛色の雲霧である。明らかに彼等は、自分と同じ不快、不平を一喫したので
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