「悄然」と正反對な或るエックスを得るかも知れない。然し此男の悄然として居る事は事實だから仕樣がないのだ。長い汚ない頭髮、垢と塵埃に縞目もわからぬ木綿の古袷、血色の惡い痩せた顏、これらは無論其「悄然」の條件の一項一項には相違ないが、たゞ之れ丈けならば、必ずしも世に類《たぐひ》のないでもない、實際自分も少からず遭遇した事もある。が、斯く迄極度に悄然とした風采は、二十一年今初めてである。無理な語ではあるが、若し然《しか》云ふを得《う》べくんば、彼は唯一箇の不調和な形を具へた肉の斷片である、別に何の事はない肉の斷片に過ぎぬ、が、其斷片を遶る不可見の大氣《アトモスフィーヤ》が極度の「悄然」であるのであらう。さうだ、彼自身は何處までも彼自身である。唯其周圍の大氣が、凝固したる陰鬱と沈痛と悲慘の雲霧であるのだ。そして、これは一時的であるかも知れぬが、少なからぬ「疲勞」の憔悴が此大氣をして一層「悄然」の趣きを深くせしむる陰影を作《な》して居る。或は又、「空腹」の影薄さも這裏《このうら》に宿つて居るかも知れない。
禮を知らぬ空想の翼が電光の如くひらめく、偶然にも造花の惡戯《いたづら》によつて造られ、親
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