。自分は疑ひもなく征服者の地位に立つて居る。
『一寸御紹介します。この方は、私の兄とも思つて居る人からの紹介状を持つて、遙々訪ねて下すつた石本俊吉君です。』
何れも無言。それが愈々自分に痛快に思はれた。馬鈴薯は『チョッ』と舌打して自分を一|睨《げい》したが、矢張一言もなく、すぐ又石本を睨《ね》め据ゑる。恐らく餘程石本の異彩ある態度に辟易してるのであらう。石本も亦敢て頭を下げなんだ。そして、如何に片目の彼にでも直ぐ解る筈の此不快なる光景に對して、殆んど無感覺な位極めて平氣である。どうも面白い。餘程戰場の數を踏んだ男に違ひない。荒れ狂ふ獅子の前に推し出しても、今朝喰つた飯の何杯であつたかを忘れずに居る位の勇氣と沈着をば持つて居さうにも思はれる。
得意の微笑を以て自分は席に復した。石本も腰を下した。二人の目が空中に突當る。此時自分は、對手の右の目が一種拔群の眼球を備へて居る事を發見した。無論頭腦の敏活な人、智の活力の盛んな人の目ではない。が兎に角拔群な眼球である丈けは認められる。そして其拔群な眼球が、自分を見る事決して初對面の人の如くでなく、親しげに、なつかしげに、十年の友の如く心置きな
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