の自分と話が合はない。自分から云はせると、校長と謂ひ此男と謂ひ、營養不足で天然に立枯になつた朴《ほう》の木の樣なもので、松なら枯れても枝振《えだぶり》といふ事もあるが、何の風情もない。彼等と自分とは、毎日吸ふ煙草までが違つて居る。彼等の吸ふのは枯れた橡《とち》の葉の粉だ、辛くもないが甘くもない、香もない。自分のは、五匁三錢の安物かも知れないが、兎に角正眞正銘の煙草である。香の強い、辛い所に甘い所のある、眞の活々した人生の煙だ。リリーを一本吸うたら目が※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて來ましたつけ、と何日か古山の云うたのは、蓋し實際であらう。斯くの如くして、自分は常に職員室の異分子である。繼《まま》ツ子である、平和の攪亂者と目されて居る。若し此小天地の中に自分の話相手になる人を求むれば、それは實に女教師一人のみだ。芳紀やゝ過ぎて今年正に二十四歳、自分には三歳の姉である。それが未《ま》だ、獨身で熱心なクリスチァンで、讃美歌が上手で、新教育を享けて居て、思想が先づ健全で、顏は? 顏は毎日見て居るから別段目にも立たないが、頬は桃色で、髮は赤い、目は年に似はず若々しいが、時々判斷力が
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