ある。誠に完全な「無意義」である。若し強いて嚴格な態度でも裝はうとするや最後、其結果は唯對手をして一種の滑稽と輕量な憐愍の情とを起させる丈だ。然し當人は無論一切御存じなし、破鐘の欠伸《あくび》する樣な訥辯は一歩を進めた。『貴男《あなた》に少しお聞き申したい事がありますがナ。エート、生命《いのち》の森の……。何でしたつけナ、初の句は?(と首座訓導を見る、首座は、甚だ迷惑といふ風で默つて下を見た。)ウン、左樣々々、春まだ淺く月若き、生命《いのち》の森の夜の香に、あくがれ出でて、……とかいふアノ唱歌ですて。アレは、新田さん、貴男《あなた》が祕《ひそ》かに作つて生徒に歌はせたのだと云ふ事ですが、眞實《ほんと》ですか。』
『嘘です。歌も曲も私の作つたには相違ありませぬが、祕かに作つたといふのは嘘です。蔭仕事は嫌ひですからナ』
『デモさういふ事でしたつけね、古山さん先刻《さつき》の御話では。』と再び隣席の首座訓導を顧みる。
古山の顏には、またしても迷惑の雲が懸つた。矢張り默つた儘で、一|閃《せん》の偸視《ぬすみみ》を自分に注いで、煙を鼻からフウと出す。
此光景を目撃して、ハヽア、然うだ、と自分
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