うぢやない。敢てさうぢやないが、然し肖とるんぢや。實に肖とるんぢや。高橋がよく煙草の煙をふうと天井に吹いとるな? あれまで肖《に》とるんぢや。』
『其の教師の話《はなし》[#「話」は底本では「語」]は面白いな。然し劍持の分類はまだ足らん。』最初高橋の噂を持ち出した安井といふのが言つた。
『あんな風の男には、まだ一つの種類がある。それはなあ、外ではあんな具合に一癖ありさうに、構へとるが、内へ歸ると細君の前に頭が擧《あが》らん奴よ。しよつちゆう尻に布かれて本人も亦それを喜んでるんさ。愛情が濃かだとか何とか言つてな。彼《あ》あして鹿つべらしい顏をしとる時も、奚《なん》ぞ知らん細君の機嫌を取る工夫をしとるのかも知れんぞ。』
これには皆吹き出して了つた。啻に吹き出したばかりでなく、大望を抱いてゐるといふ劍持の觀察よりも、毎日顏を合はせながら別に高橋に敬意をもつてゐたでもない我々には、却つて安井の此の出鱈目が事實に近い想像の樣にも思はれた。
が、翌日になつて見ると、劍持の話した體操教師の語《はなし》[#「話」は底本では「語」]が不思議にも私の心に刻みつけられたやうに殘つてゐた。それは私自身も、
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