をいふなよ。知らんなら知らんと言ふもんぢや。さうしたら僕が本當の碁を教へてやる。』
『僕に教へてくれ給へ。』高橋が言つた。
『僕は以前《まへ》から稽古したいと思つてるんだが、餘り上手な人に頼むのは氣の毒でね。――』
『何? 僕を下手だと君は心得をるんか? そらあ失敬ぢやが君の眼ん玉が轉覆《ひつくり》かへつちよる。麒麟未だ老いず、焉んぞ駑馬視せらるゝ理由あらんやぢや、はは。』
『初めから駑馬なら何うだ?』私が言つた。
『僕の首が短いといふんか? それは詭辯ぢや。凡そ碁といふものは、初めは誰でも笊《ざる》に決つとる。笊を脱いで而して麒麟は麒麟となり、駑馬は駑馬となつて再び笊を被る。――』
『中には其の二者を兼ねた奴がある。』私は興に乘つて無駄口を續けた。
『我々みたいに碁を知らん者に向つては麒麟で、苟くも烏鷺の趣味を解した者の前には駑馬となる奴だ。つまり時宜《じぎ》に隨つて首を伸縮させる奴よ。見給へ。君はさうしてると、胴の中へ頭が嵌り込んだやうに見えるが、二重襟《だぶるからあ》をかけた時は些とは可い。少くとも、頭と胴の間に多少の距離のあることを誰にでも認めさせる程度に首が伸びる。』
『愚《
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