社した。
間もなく我々は、もう再び逢はれまじき友人と其の母とを新橋の停車場に送つた。其の日高橋はさつぱり口を利かなかつた。そして一人で切符を買つたり、荷物を處理したりしてゐた。やがて我々はプラットフォームに出た。松永の母は先づ高橋にくど/\と今までの禮を述べた。それから我々にも一人々々にそれを繰り返した。恰度私の番が濟んだ時だつた。不圖私は高橋の顏を見た。――高橋は側を向いて長い欠伸をしてゐた。そして急がしく瞬きした。涙のやうなものが兩眼に光つた。
汽車が立つて了つて、我々はプラットフォームを無言の儘に出た。そして停車場の正面の石段を無言の儘に下りた。
『ああ。』高橋は投げ出すやうな調子で背後《うしろ》から言つた、
『松永も遂々行つちやつたか!』
『やつたのは君ぢやないか?』
安井が調戯《からか》ふやうに言つて振り返つた。
『僕がやつた? 僕にそれだけの力が有るやうに見えるか?』
安井は氣輕な笑ひ方をして、『誰か松永君の寫眞を持つてる者は無いか? 何時か一度撮つとくと可かつたなあ。』
『劍持のところに、松永の畫いた鉛筆の自畫像があつた筈だ。』と私が言つた。
其の日我々の連中で
前へ
次へ
全77ページ中59ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング