そんな事は無いだらう?』私は先づ驚いてさう言つた。
『いいや、死ぬね。』高橋は何處までもさう信じてゐるやうな口調だつた。
『然し肺だつて十年も、二十年も生きるのがあるぢやないか? 僕の知つてる奴に、もう六七年になるのが有る。適度の攝生さへやつてゐれや肺病なんて怖いもんぢやないつて、其奴が言つてるぜ。』
『さういふのも有るさ。』
『松永はまだ咯血もしないだらう。』
『うん、まだしない。――僕はこれから行つて見てやらうと思ふが、君も行かんか?』
『今日は夜勤だから駄目だ。』
『さうか。それぢや明日でも行つてやり給へ。――死ぬと極つた者位可哀さうなものは無いよ。』
 さう言つて、もう行きさうにする。私は慌てゝ呼止めて、
『そんなに急に惡くなつたんか? 四、五日前に僕の行つた時はそんなぢや無かつたぜ。』
『別段惡くも見えないがね。――實はね、僕は昨日初めて見舞に行つたが、本人は案外|暢氣《のんき》な事を言つてるけれども、何となく斯う僕は變な氣がしたんだ。それから歸りに醫者へ行つて聞いたさ。』
『そら可かつた。』
『ところが可かないんだ。聞かない方が餘つ程可かつた。醫者は松永のやうな不完全な胸膈
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