は滅多に見たことが無いと言つた。君、松永の肋骨が二本足らないんだとさ。』
『それは松永が何時か言つてたよ。』
『さうか。醫者は屹度七月頃だらうと言ふんさ。今迄生きてゐたのが寧ろ不思議なんださうだ。それに松永の病氣は今度が二度目だつて言ふぜ。』
『へえ!』
『尤も本人は知らんさうだ。醫者が聞いた時もそんな覺えは別に無いと言つたさうだね。何でも肺病といふ奴は、身體の力が病氣の力に勝つと、病氣を一處に集めてそれを傳播させないやうに包んで了ふやうな組織になるんだつてね。醫者の方のテクニックでは何とか言つたつけ――それが松永の右肺に大分大きい奴があるんだとさ。自分の知らないうちに病氣をしてるなんて筈は無いつて僕が言つたら、醫者が笑つてたよ。貴方のお家だつて、貴方の知らないうちに何度泥棒に覘はれたか知れないぢやありませんかつて。』
『ふむ。すると今度はそれが再發したんか?』
『再發すると同時に、左の方ももう大分侵されて來たさうだ。彼《あ》の身體で、彼《あ》の病氣で、咯血するやうになつたらもう駄目だと言ふんだ。長くて精々三月、或は最初のから咯血から一月と保《も》たないかも知れないと言ふんだ。――人間
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