き出して、天井を仰いだ。その顋と、人並外れて大きく見える喉佛とを私は默つて見つめてゐた。喉佛は二度ばかり上つたり、下つたりした。私は對手の心の、靜かにしてゐるに拘はらず、餘程いらいらしてゐることをそれとなく感じた。私の心は、先刻からの長い會話に多少疲れてゐるやうだつた。そして私は、高橋の見てゐる世の中の廣さと深さに、彼と私との年齡の相違を乘じてみた。然しそれは單に年齡の相違ばかりではないやうでもあつた。父に就いての連想は、妙に私を沈ませた。
『君はつまり、我々日本人の將來を何うしようと言ふんだ? ――君はまだそれを言はんね。』ややあつて私はさう言つた。
『夢は一人で見るもんだよ。ねえ、さうだらう?』
それが彼の答へだつた。そして俄かに、これから何か非常に急がしい用でも控へてるやうな顏をした。
四
連中のうちに[#「うちに」は底本では「うらに」]松永といふ男が有つた。人柄の穩しい、小心な、そして蒲柳の質で、社の畫工の一人だつた。十三、四の頃から畫伯のB――門に學んで、美術學校の日本畫科に入つてゐる頃は秀才の名を得てゐたが、私《ひそか》に油繪に心を寄せて、其の製作を匿名
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