そして、|次の時代《ネクストゼネレエション》の犧牲として暫らくの間生きてゐるだけの話だ。僕の一生は犧牲だ。僕はそれが厭だ。僕は僕の運命に極力反抗してゐる。僕は誰よりも平凡に暮らして、誰よりも平凡に死んでやらうと思つてる。』
聞きながら私は、不思議にも、死んだ私の父を思ひ浮べてゐた。父は明治十――二十年代に於て、私の郷里での所謂先覺者の一人であつた。自由黨に屬して、幾年となく政治運動に憂身を窶《やつ》した擧句、やうやう代議士に當選したは可かつたが、最初の議會の會期半ばに盲腸炎に罹つて、閉院式の行はれた日にはもう墓の中にあつた。それは私のまだ幼い頃の事である。父が死ぬと、五、六萬は有つたらしい財産が何時の間にか無くなつてゐて、私の手に殘つたのは、父の生前の名望と、其の心血を濺いだといふ「民權要義」一部との外には無かつた――。
次の時代の犧牲! 私は父の一生を、一人の人間の一生として眺めたやうな氣がした。父の理想――結論は父を殺した。そして其の結論は、子たる私の幸福とは何の關係も無かつた。……
高橋は、言つて了ふと、「はは。」と短い乾いた笑ひを洩らして、兩膝を抱いて、髯の跡の青い顋を突
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