れとは違ふさ。』
『僕は極めて利己的な怠け者だよ。――其の點を先づ第一に了解してくれ給へ。――人間が或目的の爲めに努力するとするね。其の努力によつて費すところと、得るところと比べて、何方が多いかと言ふと、無論費すところの方が多い。これは非凡な人間には解らないか知れないが、凡人は誰でも知つてゐる。尤も、差引損にはなつても、何の努力もしないで、從つて何の得るところも無いよりは優つてゐるか知れないが、其處は怠け者だ。昔はこれでも機會さへ來るなら大いにやつて見る氣もあつたが、今ぢやもうそんな元氣が無くなつた。面倒くさいものね。近頃ではそんな機會を想像することも無くなつちやつた。――それに何だ。人類の幸福と――ぢやなかつた。僕は人類だの、人格だの、人生だの、凡てあんな大袈裟な、不確かな言葉は嫌ひだよ。――ええと、うんさうか、人類ぢやない、我々日本人がだ。可いかね? 我々日本人の國民的生活が、文化の或る當然の形式にまで進んで行くといふ事とだ――それが果して幸福か、幸福でないかは別問題だがね――それと、僕一個人の幸不幸とは、何の關係も無いものね。僕はただ僕の祖先の血を引いて、僕の兩親によつて生れて、
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