、高橋はそれつきり口を噤《つぐ》んで、默つて私の顏を見てゐる。爲方がないから、
『此間|内《うち》の新聞の社説に、電車會社が營業物件を虐待するつて書いてあつたが、僕等だつて同じぢやないか? 朝の九時から來て、第二版の締切までゐると、彼是十時間からの勤務だ。』
『可いさ。外交に出たら、家へ寄つて緩《ゆつく》り晝寢をして來れば同じ事《こつ》た。』
これが彼の答へだつた。
劍持は探りでも入れるやうに、
『僕は又、高橋君が何とか意見を陳《の》べてくれるぢやらうと思うとつた。』
『僕が? 僕はそんな柄ぢやない。なあに、これも矢つ張り資本|主《ぬし》と勞働者の關係さ。一方は成るべく樂をしようとするし、一方はなるべく多く働かせようとするし……この社に限つたことぢやないからねえ。どれ、行つて辨當でも食はう。』
そして入口の方へ歩き出しながら、獨語のやうに、『金の無い者は何處でも敗けてゐるさ。』
後には、三人妙な目附をして顏を見合はせた。
が、其の日の夕方、劍持と私と連れ立つて歸る時、玄關まで來ると、一足先に歸つた筈の高橋が便所から出て來た。
『何うだ飮みに行かんか?』
突然に私はさう言つた
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