。すると、
『さうだね、可いね。』と向うも直ぐ答へた。
 一緒に歩きながら、高橋の樣子は、何となくさういふ機會を得たことを喜んでゐるやうにも見えた。そして彼は、少し飮んでも赤くなる癖に、いくら飮んでも平生と餘り違つたところを見せない男だつた。飮んでは話し、飮んでは話しして、私などは二度ばかりも醉ひが醒めかけた。それでも話は盡きなかつた。いざ歸らうとなつた時は、もう夜が大分更けて、例の池袋の田舍にゐる高橋には、乘つて行くべき、汽車も、電車もない時刻だつた。
『また社の宿直の厄介になるかな。』と彼は事も無げに言つた。家へ歸らぬことを少しも氣にしてゐないやうな樣子だつた。
『僕ん處へ行かんか?』
『泊《と》めるか?』
『泊めるとも。』
『よし行く。』
 其の晩彼は遂々《とう/\》私の家に泊つた。

      二

 かくして、高橋彦太郎は我々の一團に入つて來た。いや、入つて來たといふは適切でない。此方からちよつかいを出して引き入れて了つた。
 先づ私の目に附いたのは、それから高橋の樣子の何といふことなしに欣々としてゐることであつた。何處が何うと取り立てて言ふほどの事はなかつたが、(又それほ
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