『今日の會議は、何時もよりも些と意氣地が無さ過ぎたのう?』
『何故君が默つとつたんぢや?』劍持はさう言つて、ちらと高橋の後姿を見た。そして直ぐ、
『若し君に何か言ひたい事があつたならぢや。』
『大いにある、僕みたいなものが言ひ出したつて、何が始まるかい?』
『始まるさ。何でも始まる。』
『これでも賢いぞ。』
『心細い事を言ふのう。』
『然し、まあ考へて見い。第一版の締切が何時? 五時だらう? 午前九時に出て來て、何の用があるだらう? 十時、十一時、十二時……八時間あるぞ。今は昔と違つてな、俥もあれば、電車もある。乘つたことはないが、自動車もある世の中だ……』
『高橋君。』私は卷煙草へ火を點けて、斯う呼んで見た。安井はふつと言葉を切つた。
『うむ?』と言つて、高橋は顏だけ此方へ捻ぢ向けた。その顏を一目見て、私は、「何を見てゐたのでもないのだ。」と思つた。そして、
『今の決議は我々朝寢坊には大分|徹《こた》へるんだ。九時といふと、僕なんかまだ床の中で新聞を讀んでゐる時間だからねえ。』
『僕も朝寢はする。』
さう言つて、靜かに私の方へ歩いて來た。何とか次の言葉が出るだらうと思つて待つたが
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