るといふことは無い。皆何等かの意味で關聯してる。さうして其の色んな事件が、また、何等かの意味で僕の野心の實現される時代の日一日近づいてる事を證據立ててゐるよ。僕は幸ひにして其等の事件を人より一日早く聞くことの出來る新聞記者だ。さうして毎日、自分の結論の間違ひで無い證據を得ては、獨りで安心してるさ。』
『君は時代、時代といふが、君の思想には時代の力ばかり認めて、人間の力――個人の力といふものを輕く見過ぎる弊が有りはしないか? 僕は佛蘭西の革命を考へる時に、ルッソオの名を忘れることは出來ない。』
『さうは言つて了ひたく無いね。僕はただ僕自身を見限つてるだけだ。』
『何うも僕にははつきり呑め込めん。何故自分を見限るんか? それだけ正確と信ずる結論を有つてゐながら、其の爲めに何等實行的の努力をしないといふ筈は無いぢやないか? 僕は人間の一生は矢張自己の發現だと思ふね。其の外には意味が無いと思ふね。』
『さうも言へないことは無いが、さうばかりでは無いさ。生殖は人間の生存の最大目的の一つだ。可いかね? 君の言葉をそれに適用すると、墮胎とか、避姙とかいふ行爲の説明が出來ないことになる。』
『それとこれとは違ふさ。』
『僕は極めて利己的な怠け者だよ。――其の點を先づ第一に了解してくれ給へ。――人間が或目的の爲めに努力するとするね。其の努力によつて費すところと、得るところと比べて、何方が多いかと言ふと、無論費すところの方が多い。これは非凡な人間には解らないか知れないが、凡人は誰でも知つてゐる。尤も、差引損にはなつても、何の努力もしないで、從つて何の得るところも無いよりは優つてゐるか知れないが、其處は怠け者だ。昔はこれでも機會さへ來るなら大いにやつて見る氣もあつたが、今ぢやもうそんな元氣が無くなつた。面倒くさいものね。近頃ではそんな機會を想像することも無くなつちやつた。――それに何だ。人類の幸福と――ぢやなかつた。僕は人類だの、人格だの、人生だの、凡てあんな大袈裟な、不確かな言葉は嫌ひだよ。――ええと、うんさうか、人類ぢやない、我々日本人がだ。可いかね? 我々日本人の國民的生活が、文化の或る當然の形式にまで進んで行くといふ事とだ――それが果して幸福か、幸福でないかは別問題だがね――それと、僕一個人の幸不幸とは、何の關係も無いものね。僕はただ僕の祖先の血を引いて、僕の兩親によつて生れて、
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