又次のやうな事も考へなければならなかつた。二十首の歌に七箇所の脱字をする程頭の惡くなつてゐる人ならば、その平生の仕事にも「脱字」が有るに違ひない。その處世《しよせい》の術にも「脱字」があるに違ひない。――私の心はいつか又、今の諸々《もろ/\》の美しい制度、美しい道徳をその儘長く我々の子孫に傳へる爲には、何れだけの夥しい犧牲を作らねばならぬかといふ事に移つて行つた。さうして沁々《しみ/″\》した心持になつて次の投書の封を切つた。
(二)
○大分前の事である。茨城だつたか千葉だつたか乃至は又群馬の方だつたか何しろ東京から餘り遠くない縣の何とか郡何とか村小學校内某といふ人から歌が來た。何日か經つて其の歌の中の何首かが新聞に載つた。すると間もなく私は同じ人からの長い手紙を添へた二度目の投書を受け取つた。
○其の手紙は候文と普通文とを捏《こ》ね交ぜたやうな文體で先づ自分が「憐れなる片田舍の小學教師」であるといふ事から書き起してあつた。さうして自分が自分の職務に對し兎角興味を有ち得ない事、誰一人趣味を解する者なき片田舍の味氣《あぢけ》ない事、さうしてる間に豫々愛讀してゐる朝日新聞の歌
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