壇の設けられたので空谷の跫音[#「空谷の跫音」に白三角傍点]と思つたといふ事、近頃は新聞が着くと先づ第一に歌壇を見るといふ事、就いては今後自分も全力を擧げて歌を研究する[#「全力を擧げて歌を研究する」に白三角傍点]積だから宜しく頼む。今日から毎日必ず一通づつ[#「毎日必ず一通づつ」に白三角傍点]投書するといふ事が書いてあつた。
○此の手紙が宛名人たる私の心に惹起した結果は、蓋し某君の夢にも想はなかつた所であらうと思ふ。何故なれば、私はこれを讀んでしまつた時、私の心に明かに一種の反感の起つてゐる事を發見したからである。詩や歌や乃至は其の外の文學にたづさはる事を、人間の他の諸々の活動よりも何か格段に貴い事のやうに思ふ迷信――それは何時如何なる人の口から出るにしても私の心に或反感を呼び起さずに濟んだことはない。「歌を作ることを何か偉い事でもするやうに思つてる、莫迦《ばか》な奴だ。」私はさう思つた。さうして又成程自ら言ふ如く憐れなる小學教師[#「憐れなる小學教師」に白三角傍点]に違ひないと思つた。手紙には假名違ひも文法の違ひもあつた。
○然しその反感も直ぐと引込まねばならなかつた。「羨ましい人
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