をするかも知れない。しかし君はそのうちに飽きてしまっておっくうになるよ。そうしておれん処へ来て、また引越しの披露をするよ。その時おれは、「とうとう飽きたね」と君に言うね。
B 何だい。もうその時の挨拶《あいさつ》まで工夫《くふう》してるのか。
A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言うね。それは君に言うのだから可い。おれは其奴《そいつ》を自分には言いたくない。
B 相不変《あいかわらず》厭な男だなあ、君は。
A 厭な男さ。おれもそう思ってる。
B 君は何日《いつ》か――あれは去年かな――おれと一緒に行って淫売屋《いんばいや》から逃げ出した時もそんなことを言った。
A そうだったかね。
B 君はきっと早く死ぬ。もう少し気を広く持たなくちゃ可かんよ。一体君は余りアンビシャスだから可かん。何だって真の満足ってものは世の中に有りやしない。従って何だって飽きる時が来るに定《きま》ってらあ。飽きたり、不満足になったりする時を予想して何にもせずにいる位なら、生れて来なかった方が余っ程可いや。生れた者はきっと死ぬんだから。
A 笑わせるない。
B 笑ってもいないじゃないか。
A 可笑《おか》しくもない
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