首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。
B そうすると歌の前途はなかなか多望なことになるなあ。
A 人は歌の形は小さくて不便だというが、おれは小さいから却《かえ》って便利だと思っている。そうじゃないか。人は誰でも、その時が過ぎてしまえば間もなく忘れるような、乃至《ないし》は長く忘れずにいるにしても、それを言い出すには余り接穂《つぎほ》がなくてとうとう一生言い出さずにしまうというような、内から外からの数限りなき感じを、後から後からと常に経験している。多くの人はそれを軽蔑《けいべつ》している。軽蔑しないまでも殆《ほとん》ど無関心にエスケープしている。しかしいのちを愛する者はそれを軽蔑することが出来ない。
B 待てよ。ああそうか。一分は六十秒なりの論法だね。
A そうさ。一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。ただ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇《てまひま》のいらない歌が一番便利なのだ。実際便利だからね。歌という詩形を持ってるということは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。(間)おれはいのち[#「いのち」に傍点]
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