城址《しろあと》にさまよへるかな

夜《よる》おそく
つとめ先よりかへり来《き》て
今死にしてふ児《こ》を抱《だ》けるかな

二三《ふたみ》こゑ
いまはのきはに微《かす》かにも泣きしといふに
なみだ誘《さそ》はる

真白《ましろ》なる大根の根の肥《こ》ゆる頃
うまれて
やがて死にし児《こ》のあり

おそ秋の空気を
三尺四方《さんじやくしはう》ばかり
吸ひてわが児の死にゆきしかな

死にし児の
胸に注射の針を刺す
医者の手もとにあつまる心

底知れぬ謎《なぞ》に対《むか》ひてあるごとし
死児《しじ》のひたひに
またも手をやる

かなしみのつよくいたらぬ
さびしさよ
わが児のからだ冷《ひ》えてゆけども

かなしくも
夜《よ》明《あ》くるまでは残りゐぬ
息《いき》きれし児の肌《はだ》のぬくもり



底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社
   1967(昭和42)年9月12日初版発行
   1972(昭和47)年9月10日9版発行
※冒頭の献辞と自序は、「啄木全集 第一巻」筑摩書房、1970(昭和45)年5月20日初版第4刷発行から、補いました。
入力:j.utiyama
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